朝鮮史
昔、ある論文で知った事実です。ただしコピーしていなかったために論文名・執筆者ともに忘却の彼方という‥‥‥(おいおい)。ある日本人向け朝鮮史の本に同じことが書いてありましたので備忘録として載せてみました。
論文が再発見されたらもう少し詳しく書いてみようと思います。
時は大航海時代のお話。 |
まだまだ海東のお猿こと豊臣秀吉が襲来する前のこと。当時の朝鮮半島は綿布の輸出国でした。大量の木綿はなんと貨幣の代用として使われるほど。日本や中国相手の輸出で儲かっていたので民共々豊かだったそうです。
ところが豊かになれば贅沢をしたくなるのが人の常。特に貴族階層のお歴々は食に関心を持ち始めました。
ここに登場したのが「胡椒」。元々漢方の薬剤として流入してきたこのスパイスに人々はヨーロッパ人よろしく魅了されました。そりゃあ医食同源を実行しているお国ですし、王族高官をはじめとする方々はまだまだ高価な輸入品をとにかく薬に料理に使いまくります。貴顕に倣って余裕のある家でも胡椒を大々的に使い始めました。
こうして高価な胡椒の輸入量はうなぎ上り。胡椒の代金を払ったため、豊かだった国庫は見る間に底を尽き始めます。
幸運なことに当時の王様はなかなか英明な方でして、胡椒熱が国家財政を圧迫しているのに気が付いた彼は「胡椒一切禁輸じゃ!」という果敢な措置をとります。しかも彼の偉いところは禁輸だけでは決して解決にはならないと知っていたこと。王様は自国で栽培できる代用品の探索を行わせたのです。
勿論、導入を決めたのは南アメリカ原産の唐辛子。栽培が簡単でスパイシー。これが、朝鮮の人々の嗜好とぴったり合って瞬く間に全国津々浦々に広まりました。しかも輸入品ではないため、普及度は胡椒の比ではありません。老いも若きも富める人も貧しき人も唐辛子にありつけるのです。
かくして、唐辛子は朝鮮の料理には欠かせない食材となりました。この目立たぬ一大事件が無ければキムチも日本博多名産の明太子もこの世には存在しなかったのです。
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