まず確実に経験できないことがいっぱい。
『天空の劫火』『猶予の月』『タイム・シップ』
『言壺』『星を継ぐもの』『ゴールデン・フリース』『鞭打たれる星』
『宇宙消失』
『天空の劫火』 |
上・下
グレッグ・ベア / 早川書房
--- 最後の一ページが泣かせます ---
グレッグ・ベアは大ネタSF作家の一人。
今までに白血球に世界の摂理を変えさせるわ(『ブラッド・ミュージック』)、人類を滅亡させるわ(『永劫』)、火星を瞬間移動させるわ(『火星転移』)‥‥‥で、この本は地球を破壊してます。
黙示録的な美しい地球の破壊シーンが読みたい方はどーぞ。
BGMのお奨めはベルリオーズのレクイエムから「ラクリモーサ(涙の日)」。
『猶予の月』 |
上・下
神林長平 / 早川書房
--- せかいはうたかたのゆめ ---
神林長平は言葉が世界を作り出す話を多く世に出している。これも思考の変化がめくるめく世界の変容をもたらしたという点で同一線上にある作品。まぁ、世界のあっちこっちに言葉が世界を創り出す思想が有るわけで、取っつきやすい考え方ではあります。例えば、ユダヤのカバラ思想とかインド神話の「あー・うー・むー」とか、キリスト教の「光あれ」や日本の言霊思想とかね。
神々達の個人的な恣意によって変容してゆく世界と、巻き込まれる人々、神々の戦いに介入する人々がこの物語を織りなしてゆく。のですが、実は主人公が多分いや絶対SF史上一番頼りない神。まさに夢やぶれて三文小説家になった文学青年、現在平穏な家庭生活中。どれくらいそのままかって、本当にそのままです。‥‥‥世界は危うい。
『タイム・シップ』 |
上・下
スティーヴン・バクスター / 早川書房
--- あの名作続編 ---
あのウェルズの名作、『タイム・マシン』の続編(遺族公認)。
大概の続編はしりすぼみに終わっているのだが、これは全く別の魅力を出した好著。ウェルズの著述動機であった社会批評はもちろん影を潜めている。大風呂敷広げまくり、大盤振る舞いのオンパレード。しかも広げた風呂敷を畳まない。
時間旅行家は可能性の未来と過去を往来し、人間の栄光と劫罪を目の当たりにする。そして、人間以上の存在、その存在の更に上の存在とともに時間の始まりを越える大冒険が待っていた。荒唐無稽で楽しい一編。
『言壺』 |
神林長平 / 中央公論新社
--- ことばの碑 ---
相変わらず言葉な神林長平の本。しかしこれはまた格別に壮大な話。
なんと言葉の進化(?)の話です。しかも人間の意識を支配(?)した機械と戦って、勝っています。SF以外の分野でこの作者を誰かまともに評論しようとする人はいないのでしょうか? この短編連作集は、そこいらの並の芥川賞作品より凄いと思うのですが。
最近気が付いたこと。よくSF評論の立場からは、言葉・機械・情報といったキーワードが神林作品の特徴とされているようですが、「共にいきる」ということも重要なキーワードのひとつかも。『戦闘妖精雪風』とその続編『グッドラック』は人間と機械のコミュニケーションによる相互補完で帰結しましたし、この『言壺』は人間と言葉の分離された共生が最終形態となります。ここから判るように、結末はほぼ「対決しつつ共存」という形に落ち着いているようです。『完璧な涙』しかり、『猶予の月』しかり、敵は海賊シリーズしかり。
無論『魂の駆動体』というこの範疇に当てはまらないタイプもありますので、一概には言えないのですけれどね。もしかしたら著者独特の小説技巧のひとつにすぎないのかも知れませんし。でも、そういう見方もある、ということで。
『星を継ぐもの』 |
J.P.ホーガン著 東京創元社
--- 月から謎の死体発見! ---
ところがその宇宙服を着た死体はなんと5万年前に死んだ正真正銘の人類だった。
さあ、これをどうやって説明しよう?
どちらかというと科学的な説明より、論理の飛躍を楽しむ物語。解いても解いても次々に明らかになる謎との闘いがとにかく面白い。半分くらい読めば大概の人でも謎解きはできるほどのレベルですが、それでもやはり(結論のあまりの突飛さに)「うおー、やられたわ」と唸らせられることは請け合いです。
そして、最後の結末が人類の力強い歩みで終わっているのも良いです。
『ゴールデン・フリース』 |
ロバート.J.ソウヤー / ハヤカワ書房
--- 誰がこまどり殺したの? ---
謎解きもの第二弾。いきなり犯人と手口がばれるので「どうやって殺したの」よりは「何故殺したの」を解明することがメインです。で、その「何故」が解き明かされるに従って驚愕の真実が判明するというあたりは「星を継ぐもの」と一緒。
ところで、作中で発生するもう一つの事件がそのまんまなので、こっちも作者に続編書いてもらって決着して欲しい。
『鞭打たれる星』 |
フランク・ハーバート / 早川書房
--- こんにゃく問答 ---
「デューン」シリーズで有名なフランク・ハーバートの作品。
異質な異星人の混在する未来を舞台にした異種族コミュニケーションSFというべきか。薪に腕をつけたような異星人、人間に似ていても、実は5個体が集合している異星人等々奇天烈な異星人が目白押しだが、わけてもタイトルロールである謎の存在“カレバン”との手探りのコミュニケーションがスリリングに、しかもまったりと展開してゆく。
この会話=コミュニケーションでは、言葉の意味を取り違え、言い換え、勝手に思いこむ過程が繰り返される。まさに漫才の王道そのものなので会話を読んでいるだけでにやにやさせられる一編。
『宇宙消失』 |
グレッグ・イーガン / 東京創元社
--- SFを読む幸せ ---
いやもう、このアイデアは凄いです。
量子力学の論理をくいっとひねって、我々の世界観を卓袱台返しする観点を提供するのですから。世界観は個人の自由意思とコインの表裏の関係ですので、くどいまでに「自分とは何か」という問題提起がなされています。この問題をめぐる紆余曲折っぷりがまた見所のひとつ。同じグレッグでもグレッグ・ベアほどセラピー指向ではありません。勢いよくばっさりと開き直っています。
こういう本があるとSF読みとしての幸せを感じてしまいます。
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