爺さまも婆さまも元気です。
『チグリスとユーフラテス』『キリンヤガ』『魂の駆動体』
火星三部作
『チグリスとユーフラテス』 |
新井素子 / 集英社
--- 否定を肯定せよ、そして開き直れ ---
ある時冷凍睡眠から目覚めたら、フリルに埋もれた老女が「あたし、ルナちゃん。最後の子供なの」と言った。さて、この老婆は一体何者?‥‥‥というとんでもない幕開けで始まるこの話、実に新井素子らしい文体で淡々とつづられてゆく。別の作家が書けばホラーである。
登場人物全てがそれぞれ目的のためにひたすらあがく。ある悪意に気づくことなく、或いは生きる目的を否定され、或いは体当たりで生きる意味を問いかけてくる人間と対決する。読み進むにつれ、そのやがては無に帰すはずの、無駄なはずのあがきが「それでもやはり彼らは自分に忠実に生きたのだ」と逆に潔く感じられてゆく。
良い話できちんと完成されているのだが、ほんの少しだけ何か物足りないような‥‥‥。ともかくラストシーンは静謐の一言に尽き、一押しです。
『キリンヤガ』 |
マイク・レズニック / 早川書房
--- 傲慢と悲劇 ---
帯が凄い。よく○×賞受賞という文句は目にするが「‥‥‥など15賞受賞」と堂々と書く度胸は見上げたものだ。おまけに作者自身の謝辞による賞の羅列も凄い。悪ノリしているのか、マジなのか。
ヨーロッパ文化の干渉から、あるアフリカの一部族の伝統を護る老祈祷師コリバの物語。ユートピアとしてテラフォームされた小惑星キリンヤガで、コリバを悩ませる様々な事件が起こる。
至れり尽くせりの内容である。作者はよく問題を理解・把握しているし、ストーリーも見事な出来映え。問題はあまりに至れり尽くせりすぎて、読者の考える余地が無いことか。
ミソはコリバがヨーロッパの大学で教育を受けたというところだろう。伝統とは変化して形成されるものだ(ある話の中でも同じ事を言っている)が、老祈祷師は変化さえ拒絶する。コリバは、彼の言う「ヨーロッパ」の文化・思想と対立するものとして伝統をとらえているが、進歩や変化に対立する伝統という概念はヨーロッパの思想なのである。つまり、彼もヨーロッパ思想の系譜につながっているということ。この寓話はアフリカの伝統とヨーロッパの変化との相克の物語を装った、ヨーロッパ自身の悲劇と私はとらえている。
て、多分これも作者の手の中で踊っているだけなんだろうな、ちぇっ‥‥‥ま、読むと素直に感動します。
『魂の駆動体』 |
神林長平 / 早川書房
--- 駆け抜けること ---
常に言葉を綴ることにより、非現実を現実にしてしまうこの作者にしては珍しいタイプの小説。機械と一体になって走ること、飛ぶことへの強い願いがありふれた、しかし感動的な結末をうんでいる。
時は人間が仮想空間に意識を移しはじめた近未来、主人公は「クルマ」を造ろうとする老人。近未来と遠未来が交錯し、老人は「クルマ」を造る。ただそれだけの「魂を駆動させるもの」の話。読後に、自分の魂を揺り動かすものはなんなのだろう、と思いを馳せたくなります。
火星三部作 『レッド・マーズ』『グリーン・マーズ』 |
キム・スタンリー・ロビンスン / 東京創元社
--- 老人SFの佳作 ---
以前、私はあるところでこの第一作『レッド・マーズ』を「火星くんだりまで来て御町内老人会人間模様」と評したことがある。まぁ、第一作はほぼこれで言い尽くしたような‥‥いや、そうじゃないって(笑)
ごく簡単に言うと、火星のテラフォーミングと、その独立を加速度的に語った本です。『レッド・マーズ』は一回目の革命を、『グリーン・マーズ』は火星の独立と資本主義経済の行き詰まった地球の混乱を、ひたすら登場人物達に私生活から政治情勢まで語らせるのでかなりのページ数ですが、不思議なことにつまらないということはない。
作者は独立するという行動に対し、様々な人物に思想を語らせ、新しい惑星に新しい政体を誕生させようとしています。一種の思考実験ですね。まぁ、かーなーり理想主義的で個人的にはもうちょっと火星経済について語って欲しかったなーとも思います。火星は基本的に自給自足の共同体の集合を目指しているようなので、その未来について不安はつきまといますから。
次作の"Blue Mars"で完結。
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