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書院

世界へのまなざし

それでも、世界は美しい。
『合成怪物の逆しゅう』『永遠の森』『言の葉の樹』
『無伴奏ソナタ』『パヴァーヌ』、ピープルシリーズ
『光の帝国 常野物語』、エンダーシリーズ、『20世紀SF』1〜6

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dot 『合成怪物の逆しゅう』

レイモンド・S・ジョーンズ / 岩崎書店
--- ただ普通に死にたいだけだった ---

これは小学生の頃に読んで大ショックを受けた本です。主人公夫婦が殺害されて脳髄だけの生体コンピュータとして使役され、その苦痛を世間に訴えようとするのですが、国家によって悉く試みが失敗し、最後に脳髄の仲間とともに施設ごと自爆するという悲しいストーリーでした。
世界最高というステータスを維持するために個人の生死を恣意的に決定する国家、その手先となって主人公の味方を次々と抹殺してゆく圧力団体、決定を与えられないとパニックに陥る国民、国家に屈するマスコミや科学者など、児童書にしてはシビアな展開が続きます。ディストピア小説として高いレベルでよくまとまっているな、というのが今の感想。安易なハッピーエンドものより、こういうのものこそ子供に読ませるべき。
さて、主人公夫婦が遠隔操作する手足として、これに出てくるのがキモ可愛い「ゴセシケ」という合成生物です。だからタイトルが『合成怪物の逆しゅう』なんですね。


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dot 『永遠の森』

菅浩江 / 早川書房
--- たおやかな掌編 ---

地球の衛星軌道上をまわる博物館惑星<アフロディーテ>には、運び込まれた収集品と人々の情感に満ちた謎解きの物語が展開される。小説家の姿が透けて見える小説がある。この連作短編集もその一つ。受ける印象は日本的、女性的、しなやかで心の強い、色彩豊かな調和。
「美」というテーマにプラスして、美と人々との関係性が控えめに語られている。そして科学・美・人の幸福な関係も。SF的な理論面での説明もきっちりなされており、良いお話で済ますには勿体ない短編集です。


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dot 『言の葉の樹』

アーシュラ・ル=グィン / 早川書房
--- 再構築のものがたり ---

ル=グィンの有名シリーズ、ハイニッシュ・ユニヴァースからの一編。シリーズとは言っても世界観だけが一緒であるだけで、小説同士は全て独立しています。主人公はある「文明開化」に邁進する惑星で、徹底的に撲滅された古い文化を探ろうとします。
それなりのストーリーはありますが、この小説の魅力はそこにはありません。これは知的興奮という現象を台詞や登場人物の行動ではなく、登場人物の思考過程で表現しきった小説です。
また、舞台となった惑星を覆い尽くす「文明のための文化破壊」と「心の奥深くに潜み、生き延びる文化・倫理・思考体系」というモチーフは、明治時代の日本、文革期の中国(明らかにこれがモデルだろう)、グローバル化が進む現代を否応なく連想させます。
現代をSFという手法で鏡のように映しだした一編。


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dot 『無伴奏ソナタ』

オースン・スコット・カード / 早川書房
--- いつか、どこかの物語 ---

SFには寓話的な要素が入り込んでいることがままあります。その中で、私が見る限りもっとも質のよいSF寓話作家カードによる短編集。
本人にとっての異色作あり、バカSFあり、ファンタジーあり、倫理の矛盾を深くえぐるタイトルのような作品ありとなかなかバラエティ豊か。一番先に読んではいけないのが「王の食肉」です‥‥こんな究極の選択はしたくない。


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dot 『パヴァーヌ』

キース・ロバーツ / 扶桑社
--- 動き出した歯車 ---

エリザベス女王が暗殺され、ヨーロッパがカトリック教皇の支配を未だ受け入れてる20世紀。架空の歴史上に展開した連作短編集。硬直化した社会が揺れ動き、その波に翻弄された人々のエピソードが3代数十年間のスパンで紹介されてゆく。
登場人物に「勝者」はいない。閉鎖的な村から脱出しようとする少女、機関車乗り、自信過剰気味のお金持ちの少女、修道士等々、皆歴史の舞台の脇役として為すべき役割を果たし、退場してゆく。しかし、彼らがいなければ歴史の大きなうねりにおける最初の波は作られることはなかった。
ただ、エピローグはちょっと無理があるかも。バチカンによる科学技術解放後、20年そこそこの時間の経過ではテクノロジーの発達に人間の価値観が追いつけないのでは? 人々が希求し、作りだしたうねりは訳者の言う「技術の進歩」と言うよりは「社会の変化」というものであったように思うので。作者自身、そのあたりの意識的な切り分けができていないようです。
ですが架空歴史ものの命ともいえるリアリティは素晴らしい。銅版画を思わせます。


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dot ピープルシリーズ

『果てしなき旅路』『血は異ならず』
ゼナ・ヘンダースン / 早川書房
--- ねぐらはなれ鳥啼けば、何処ゆくか流浪の民 ---

故郷を喪った心優しき宇宙人達が地球に不時着しました。彼らは超能力を隠して生活しました。不時着時に離散した仲間が集まってゆき、時に地球人達と心通わてゆく過程を、彼らは聖書のテーマに沿って語り継いでゆきます。おしまいおしまい。
では紹介になりませんね。まぁ、"しみじみするいいお話"の上に"必ずハッピーエンド"なので飽きてしまいそうですが、その通奏低音として流れる「故郷を喪った悲哀」がスパイスとして効いています。
引用される聖書の文句もなかなか。出エジプト記の〈汝他国の人を悩ますべからず又これを虐ぐべからず〉なんて、そのままイスラエルの右翼政党に献上したい章句ですね。


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dot 『光の帝国 常野物語』

恩田陸 / 集英社
--- 上のピープルシリーズに触発されて書いたという連作短編集 ---

触発されて書いたと言うだけあって異能者というテーマや、穏やかな印象は同じだが、話の方向性が大分違う。ピープルシリーズは一話完結ですが、こっちの方はどちらかというともっと長い話の一部、もしくはプロローグとなっています。考えてみるといやな構成をしているのですが、連作自体に続けて読んでいなければ意味が通じないシリーズもの独特の共通キーワードはあまりないのでさくさく読めます。


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dot エンダーシリーズ

『エンダーのゲーム』『死者の代弁者』上・下
『ゼノサイド』上・下 『エンダーの子供たち』上・下
オースン・スコット・カード / 早川書房
--- 再びカード ---

カードの代表作とその続編からなるシリーズです。キリスト教的な罪と救済の概念が大きなテーマですね。とても倫理的な話ですが、同時に人間に対して「寛容」でも「暖かい」でもない「厳しい赦し」の視線を強く感じさせるシリーズです。
ま、そこまで深く考えなくとも、ストーリーテリングには定評のある作家なので面白く一気読みできるシリーズ。
特にお気に入りは『死者の代弁者』です。


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dot 『20世紀SF』1〜6

1940年代 星ねずみ、1950年代 初めの終わり
1960年代 砂の檻、1970年代 接続された女
1980年代 冬のマーケット、1990年代 遺伝子戦争
中村融 編 / 河出文庫
--- SF文学史 ---

短編で20世紀SF史を読んでいこうというシリーズ。SFファンもタイトルを聞いただけという雑誌掲載だけの作品や、名作の新訳、未訳作品等がぎっしり詰まった編者の労作。
巻末の解説も読んでおくといいでしょう。当時の社会情勢をSFが色濃く反映しているのが判る。
多彩な作風が揃っているので、好きなものを探したり、普段読まないものが読める楽しみもある。


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dot 『ウォー・フィーバー 戦争熱』

J.G.バラード / 福武書店
--- 異世界への回帰 ---

J.G.バラードは割と好きです。ニューウェーヴ運動のわけわからないSFの中では一番判りやすい作風だったので。だって、なにかに回帰していればオッケーなのですから(笑)。そんな作者も80〜90年代に作風を"現代社会の解剖"といったものに変化させます。こっちも好きなので、ま、オーライってことで。
そんな作者の過渡期的な短編を集めたもの。「精神錯乱にいたるまでのノート」といった訳註形式の小説や、「索引」という本当に索引形式の実験作もあります。個人的にはサイコな「巨大な空間」、法螺話(あるいはバラード版「バベルの図書館」?)「未確認宇宙ステーションに関する報告」などが気に入っています。


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